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尊徳と損得

ソントクの話し。
私達はお金という形で返って来なければ、損をしたと思います。
お金というのは、エネルギーです。昔は物々交換で、自分が作った物を人に差し上げてそれに対して相手の作ったものを頂くというのは、相手のエネルギーを頂くことですから、物を交換することはエネルギーの交流なのです。ですからエネルギーを差し上げて、そして相手から頂いて、丁度プラスマイナスゼロで調和が取れる訳です。
しかし段々物がたくさん作られるようになって交換するものが無くなって来たので、お金というシステムが出来たのです。こういうシステムが出来てから、何かしてあげたり、何か差し上げた時に、お金というエネルギーで返ってこないと何か損をしたと思うようになったのです。ところがお金というエネルギーではなくて、これからは「徳という見えないエネルギーで返ってくることもあるんだ」ということを理解出来ることが大切です。
これからは「お金というエネルギーで返ってこないこともある」という事を受け入れないと、宇宙と不調和が起こる時代です。不調和が起こりますと、当然仕事も上手くいかなくなります。どんなことでも、宇宙と調和が取れていれば源からどんどんエネルギーが来てサポートされますから、どんどん上手く行く訳です。これからは、徳という見えないエネルギーで返ってくることを理解して受け入れることが、非常に大切になってきます。
光を入れる

どんなに光(エネルギー)を入れても、また医者にかかっても病気が治らない場合があります。
それは本人が治りたくないと思っている場合である。そんな馬鹿な、と思われる人も多いと思うが、実際に、治りたくない、このままの方が楽だ、病気になっている方が得だ、と思っている人がいるのであります。
病気をしている本人が治りたいと思っているかどうかを確かめることが大事なことになる。また、本人が治ることを願っていたとしても、健康になったら、また前と同じように我欲を張って間違った道を歩もうとしているのであれば、これまた魂(心)を進歩させないばかりか、むしろ退歩させることになるから、その場合は病気を治させるよりも、病人のままで置いた方がまだ良いということになる。
病気が良くなったら何をするか、どういう人間に成りたいと思っているかを決心させなければいけないのであります。
気をあげる条件 その2

その2 ひらめいたら即行動に移す
どんどん行動に移し、表現するということが大変大事になってきます。なぜ表現することが必要なのか説明します。
肉体の部分でエネルギーを流しますと、<宇宙の源>の部分からエネルギーが入ってくるのです。無限にエネルギーがあるので、流せば流すほどいくらでも入ってきます。
普通は「表現すれば疲れる」と思われるかもしれませんが、<宇宙の源>からエネルギーが入るようになれば全然疲れません。
例えば、サイキック・パワーというのは自分の力をかなり使っているようですから限界があるみたいで、使えば疲れます。
でも<宇宙の源>からのエネルギーは無限に入ってきますから、使えば使うほど、表現すればするほど、元気になっていきます。
<宇宙の源>から入ってくるエネルギーはパワーではなく、フォース(FORCE)という言葉で表現した方がピッタリだと思います。
フォースというのは「精神力・気力」という意味があります。<宇宙の源>からのエネルギーはものすごく強いですから、勢力があるという感じです。
ですからフォースが使いこなせるようになればしめたもので、無限にいくらでも入ってきます。
気をあげる条件 その1

その1 あらゆるこだわりを取り除く
あらゆるこだわりを取り除くこと。お金に対する執着、物に対する執着などあらゆるこだわりをどんどん取り除くこと。
欲は、全部捨てる必要はないと思います。肉体がある以上、現実に生活して生きていかなければいけないのですから、生きていく以上の最低の欲はあっていいと思います。
ですから欲は捨てる必要はなくて、コントロール出来るようにすればいいわけです。必要なだけあればいいという生き方に、全員がなればいいのです。
今までは、人の分まで奪っていたわけです。欲はどんどんエスカレートしますから、もっともっとと人の分まで奪っていたので、今までは奪い合いの時代になっていたのです。
これからは、分かち合いの時代に入っていきます。「私はこれだけあればいいから、後はあなたがどうぞ」という時代です。そうすれば争わなくなりますから、戦争もなくなります。
「必要なだけあればいい」と一人一人がなっていきますと、人の物を奪おうとか、人の足を引っぱろうとか、そういう気持ちが起こらなくなってきますから、それが善知識を持つということです。
ですからこれからの悟りは、神仏になるわけではなくて、肉体を持ったまま、「神仏の意識を持つこと」だと思います。



